ARCHIVE  ENTRY  COMMENT  TRACKBACK  CATEGORY  RECOMMEND  LINK  PROFILE  OTHERS
<< November 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< blog解説に至ったわけ | main | 東北大ジャズオーケストラとの関係 >>
2009.07.03 Friday

東北大ジャズ研の歴史

東北大学ジャズ研の歴史について、口頭での伝承もなかなか上手くいかないため、私が知る限りで書いて行こうと思います。


卒業生名簿を見る限り、1960年代中盤以前より東北大ジャズ研は存在していたようです。その当時は今(2009年現在)の場所に部室は無かったようです。

今から30年〜40年ほど前から現在のサークルE棟にジャズ研の部室が出来たようです。

山下トリオライブポスター
おそらく1970〜80年代だと思うのですが、山下洋輔トリオをジャズ研主催で東北大に呼んだことがあるようです。
当時の打ち上げの写真には、山下洋輔さんや坂田明さんが一緒に写っていました。

1971年に、当時のジャズ研部員が主催し、日本フリージャズ界では非常に有名な阿部薫を東北大に呼んでライブをしてもらっています。教養部(今の川内北キャンパス)の講義棟での演奏でした。詳しくはここに書いてあります(音が出るので注意)。
当時の演奏はCD化されています。下にそのCDのアマゾンリンクを張っておきます。

1991年に、当時の現役部員の方達で、MAZDA URBAN SOUND INTER COLLEGEというジャズコンテスト(?)に出場し優勝しています。ちなみに2位は東京工業大学のジャズ研の方々で、東北大も東工大もトランペット1管のワンホーンカルテットだったそうです。
東北大はオリジナル曲を演奏し、東工大はKenny Wheelerの曲を演奏したそうです。
こちらに少々その当時の事が書かれています。

審査員には日野皓正さんなどが居たそうで、講評の際「なんでプロにならないの?」と言われたそうですが、それを「ジャズじゃ食えないから」と一蹴したらしいです(笑)

卒業後プロとして活躍されている方々も多くおります。在仙で活躍される方々、他の場所に行き活躍される方など、色々です。シャープアンドフラッツや渋さ知らズ、フェダインなどにも東北大ジャズ研OBの方が居ます(居ました)。


2001年には、当時の現役部員でベーシストの森泰人さんに連絡を取り、Lars Jansson(ラーシュ・ヤンソン・pf)、Anders Kjellberg(アンダーシュ・シェルベリ・ds)のお二人とともにエルパーク仙台にてライブをしていただきました。

企画当初は、お客さんが入らなかった場合ギャラなどを自腹覚悟で、と有志の部員でお金を出し合いました。私も当時2年生ながら企画に参加させていただきました。
結果としては、満員御礼、立ち見も出そうになるくらいの客入りで大成功に終わりました。

打ち上げで、当時流行していた香取慎吾の(最初に言い出したのは山寺宏一ですが)”おっはー”をLars Janssonに教えたら、その後のツアーのMCでおっはーおっはー言いまくってたそうです(笑)


そして今に至ります。


非常に大雑把なのですが、私の知る限りのジャズ研の歴史はこのようなものがあります。


以下は非常に部員向けになるのですが、
昔の部室前風景1
このように昔は部室の前が舗装されていませんでした。

昔の部室前風景2
このような戦前からの建物もそばにありました。ここでは鳥人間のウィンドノーツが人力飛行機を制作していました。

昔の部室の扉
この扉は2008年までのものです。
扉改装発起人が「この扉が怖いから新入生が部室に入りづらいんだ」と申しまして、彼が以下のように改装しました。

部室ドア・研磨
部室ドア・スプレー中
このような課程を経まして今は

新・部室の扉
このようになっております。

部室内風景
部室の中はこんな感じです。私の知っている10年間では特に大きな変化はありません。


以上です。何かもっと詳しい情報を知ってらっしゃるOB・OGの方がいましたらコメントを頂けるとありがたいです。随時追記していきたいと思います。


M-P240

M-P240

M240

M240

M-E

Monochrom

X113

X-Vario

X-Vario

X-E

コメント
コメントする








 
この記事のトラックバックURL
トラックバック
Powered by
30days Album